−1960(昭和35)年・・・デ300形誕生の頃−
1960(昭和35)年と言えば・・・
私鉄各社でも1955(昭和30)年頃から、モータを台車に装荷し、軽量車体を採用した「高性能車」が相次いで製造を
開始していた頃です。戦後の混乱期を経て、沿線のベッドタウン化が急速に進みつつあった神戸電鉄では、輸送力の
増強と乗客へのサービスアップを目指して新造車の設計を開始、従来の重圧なイメージを一新した軽快なデザインの
デ300形が登場したのは1960(昭和35)年8月の事でした。
竣工時には新型車両の登場をアピールする為、カラー刷りのパンフレットも製作されました。当時の設計陣の方々の
並々ならぬ力の入れようが、今でも伝わって来るようです。
それでは、当時のパンフレットを一部抜粋しながら、デ300形の特徴を記していきましょう。
(尚、管理人所蔵のパンフレット公開・引用・抜粋に当っては、事前に神戸電鉄鰍フ承認を正式に頂いております。
無断転載等は厳に慎んで下さい)
車体は従来の旧型車が最大15.2mで有ったのに対して軽量構造の17.5mとなりました。これにより収容力は約30%増加、
当時の輸送力増強にも大きく貢献しています。
前面は湘南形2枚窓、側面は片開き2扉で扉間には戸袋窓を含め大型窓を7枚配置し、前面・側面からの展望は非常に
良好なものとなりました。車体裾部には丸みを付け、前面の湘南形2枚窓と共に柔らかい印象を与えています。
デ300形の乗務員室。手前に
セルフラップ式のSME-D型
ブレーキ弁が見えますね。
少し前までお馴染みだった神鉄カラー(シルバーグレーに窓周りオレンジ)も本形式から採用され、一部の旧型車にも
塗装変更が施されたのは周知の通りです。
車内は有馬温泉への観光用としても遜色のないよう、前後の扉間に合計10ボックスの固定クロスシートを初採用
しました。背摺上部には白色の枕カバーも取り付けられています。
尚、車端部についてはロングシートとなっています。
通勤路線としての使命が次第に強くなった神戸電鉄では、クロスシート2扉のデ300形は朝夕のラッシュ時の運用に
敬遠されるようになり、1971年には座席のロングシート化が行われました。さらに翌年1972年には301〜304の4両に
3扉化の大工事が続けて施工され、313〜316と4連を組成して運用される事となりました。
車内の様子。固定クロスシートが
扉間に合計10ボックス設置されて
います。
急勾配を擁する神戸電鉄では、万一の急停車でも50パーミルの上り勾配にて満員電車を再起動出来る事が最低条件として
求められており、大出力のモータでは起動時に空転を起こす可能性がある為、電動車の比率を高くした上で一軸あたりの
牽引力を小さく設定しています。
神戸電鉄の車両の特色として、モータ出力が小さく電動車比率が高いのはこのためです。
(付随車を組み込んだ1100系や2000系は、T車の牽引力を補うためモータ出力を1.5倍とした105kwのものを採用して
いますが、空転を起こす確立が高くなる事から空転検知器を採用しています)
モータは75kwの直流直巻電動機(MB-3032-S2)を採用、駆動装置は本形式から従来のツリカケ駆動を廃して狭軌での
実績も整いつつあった三菱電機製のWNギアユニットを採用しました。歯車比は98:15(6.53)とし、上り勾配に大きな力を
発揮します。
起動加速度は定員乗車で2.22km/h/s、制動減速度は同3.62km/h/s、最大運転速度は80km/hに設定されています。
制御装置は自動進段式のABF形を初採用、力行18段(抵抗14段、弱め界磁4段)、電制14段の電動カム軸式制御で
一車分4台のモータをを永久直列として接続し、一台の制御装置で制御するいわゆる1C8M方式を採用しました。
主制御器(ABF-108-15MDH)
写真下は主回路ツナギ図。各車両の
界磁と電機子が永久直列接続となって
いるのが分かります。
主幹制御器(マスコン)のノッチによるステップ指令は、下記の通りとなっています。
@力行時進段ステップ
マスコン指令 | 抵抗制御ステップ | 弱め界磁制御ステップ |
力行1 | 1〜2(抵抗が全部入った状態) | 全界磁 |
力行2 | 3〜14(徐々に抵抗が抜ける) | 全界磁 |
力行3(注1) | 14 | 1〜2(界磁率62.5%) |
力行4(注2) | 14 | 3〜4(界磁率40%) |
注1)力行3ノッチは運転台の「3ノッチ」スイッチ投入時のみ使用可能(当時の急行運転時に使用)
注2)力行4ノッチは回路を接続しておらず、事実上使用していない状態。
A抑速電制時進段ステップ
マスコン指令 | 抵抗制御ステップ | 弱め界磁制御ステップ |
電制1 | 1〜2(抵抗が全部入った状態) | − |
電制2 | 3 | − |
電制3 | 4 | − |
電制4 | 5 | − |
電制5 | 6 | − |
非常電制 | 7〜14(徐々に抵抗が抜ける) | (非常短絡スイッチ投入) |
特筆されるのは、本形式から装備された非常電制ノッチです。
これは、空気ブレーキに何らかの以上が発生した際にマスコンの非常電制ノッチを投入すると抵抗器の一部を短絡し、同時に
過電流・過電圧保護装置を無視して電制最終段まで進段させ、最終的に釣合速度を停止寸前の2〜4km/h迄減速させると
いうものです(最終的に完全停車させる場合にはハンドブレーキか直通予備ブレーキを使用します)
神戸電鉄では過去にブレーキの故障による大事故を起こした教訓より、ブレーキ系統には二重三重の安全策を施しており、
デ300形で採用された非常電制は5000系の登場まで高性能車全車に採用される事となりました。
主抵抗器は当初、グリッドアイアンを用いた抵抗器を使用していましたが、前述の3扉化工事を施した際にデ1070形以降と
同様のニクロムリボン式に載せ変えられています。
デ300形のノッチングカーブ。左は力行時、右は電制時のノッチ曲線です。
台車は近畿車輛製のシュリーレン、KD-37を採用しています。シュリーレン台車は軸箱の案内筒部分がオイルダンパとなって
おり、乗り心地が良く保守も容易なのが特徴です。
シュリーレン台車は近畿車輛製造の電車に数多く採用されているのですが、当時の川崎車両製電車に採用されたのは珍しい
存在です。ちなみにほぼ同時期に製造され、同じような車体と経歴を持った西鉄の1000形も、製造元は異なりますが同様に
近畿車輛のシュリーレン台車KD-9を採用しています。
空気ブレーキは当時の旧型車に併せ、セルフラップ機能の付いたSME-Dを採用していましたが、前述の3扉化改造工事の
際に4連を組成する事から他の高性能車と同様、HSC-Dに改造されました。
パンタグラフは当初、三菱電機製のS-752Aを採用していましたが、後に三菱電機がパンタグラフの製造を中止した事から、
1000系列で使用されているPT-4209に交換されています。