1985年(昭和60年)7月の記録
                     
                     −有馬口での「サンマル」点描−





      

      鈴蘭台駅を出発し、粟生線の50パーミル勾配を登って行くデ1100形の裾帯車。
      現在雑貨屋さんになっている踏切横のお店は、当時八百屋さん(+魚屋さん?)でした。


      

      岡場行きのデ300形4連が鈴蘭台駅を出発。2.3両目の310番台車と比べると、先頭車の裾が丸みを帯びて
      柔らかなスタイルなのが良く分かります。
      前年の昭和59年10月7日に実施されたダイヤ改正では、従来谷上止まりであった列車を岡場まで延長し、
      鈴蘭台〜岡場間で15分感覚のネットダイヤを初めて実施しています。


   
(左)前年の8月に増備されたデ1350形1357-1358とデ1070形1076の新開地行き。連解仕様の1358を先頭に3連で運用中です。
(右)大池駅ですれ違うデ300形。いずれも3000系先頭からの撮影です。


      

      

      有馬口を同時発車したデ1100形の三田行き急行と有馬口〜有馬温泉折返し運用のデ300形。
      当時はまだデータイムに有馬・三田線系統の急行電車が設定され、3ノッチスイッチを投入した急行運転を
      実施していました。

      高性能車の全車3ノッチ使用による、最高速度70km/h運転が開始されたのは昭和63年4月2日の
      ダイヤ改正からでした。


      

      デ300形(301〜304)の先頭部分。湘南形2枚窓は低窓のメリットに加えてモケットの座り心地も良く、
      「特等席かぶりつき」で座っていても前面展望はすこぶる良好でした。
      乗務員室扉上部の「神鉄会館」「神鉄一番街」の広告も懐かしいですね。これより以前の広告は
      「湊川温泉」でした。


      

      デ300形の運転台。メーター類配置もすっきりとしています。マスコンは三菱製で力行時デッドマン機能、
      力行4ノッチ(但し結線は3ノッチまで)抑速5ノッチ+非常電制ノッチとなっています。
      ブレーキはHSC-Dを使用していますが、登場時はセルフラップ機能の付いたSME-Dを装備していました。
      写真右側にある2つの押しスイッチは、直通予備ブレーキのON・OFFスイッチです。


      

      客用扉上部の沿線案内。デ1000形以降の両開き扉車に比べ、一回り小さなものでした。


      

      有馬口上り3番線にやって来たのは1009-1010+1062の新開地行き3連。先頭の1062は昭和57年11月に
      三田線二郎駅付近の踏切でダンプカーと衝突。有野川に転落した不運な電車でしたが、翌年5月に裾帯付きで
      復帰を果たした車両です。最近は活躍が少ないですが、今も現役なのは嬉しい限りです。
      写真の1009はデ1000形の有馬寄奇数車では唯一、先頭車として営業運転ができました。


      

      小さな踏切が鳴り出し、やがて森の向こうの線路からデ300形がひょっこりと顔を出しました。
      今日も暑い一日となりそうです・・・。




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