1982年(昭和57年)10月の記録

                        −鈴蘭台駅の昼下がり−



         −800形全盛の頃−


       

       

       写真上の編成(801-802-861)と、下(852−808−807)の編成は、共に1993年3月の800系さよなら運転まで
       活躍を続けた編成。特に852−808−807は、神鉄で最後まで残った旧塗色でラストランを飾った編成でした。


       

       デ1000形1004他3連の粟生行が発車。二丁パンタが誇らしいですね。


       

       鈴蘭台駅粟生方の留置側線でお昼寝中のデヤ。このあたりは現在もあまり変わらない光景です。
       撮影前年の1981年、種車のデ101形から流用したイコライザー形台車のD-16から、800系の台車に準じた
       ウイングバネ式のKW-33に履き替えたばかりの頃です。


       

       鈴蘭台上り留置側線にて休憩中の3005F。単機で後方に佇むデキの姿が気になりますね〜

       さて、昼間の長閑な鈴蘭台駅ホームに佇んでいると、「回送列車がまいります」の放送。
       やがて粟生線の方から、何やら怪しげな電車が・・・。


                 

       

       突然やって来たデ1070形の単車回送にびっくり!
       愛嬌ある単車の姿が鈴蘭台西口からの下り坂に見えた時、一瞬何がやって来たのか、あっけにとられて
       しまいました(笑) この謎は、しばらく後に分かる事となります。


       
 −デ1070形の連解車引揚・回送風景について− 

       撮影当時(1982年10月)の連解4連運用は単独運用で4運用が設定され、うち2運用は休日ダイヤの際、志染での
       増結車連結を実施せず、基本編成3連のみで運用するダイヤとなっていました。
       (当時は土曜日も企業や学校も開いており、まだ平日ダイヤでした)
       列車検査は当時、2日に1回行う事が法令で義務付けられており、祝日が日曜日に前後して連休となった場合、
       志染の留置側線に留置されたままのデ1070形2両が、列車検査を受けられずに取り残される事態となります。
       この為、上記のような連休時には、列車検査実施の為に志染のデ1070形を引揚〜回送する必要が生じ、このような
       珍風景が見られる事となったものです。

       これ以降、連休の際にはデ1070形の単行風景が見たくて、毎回の様に出掛けたものです。
       その後は1985年10月のダイヤ改正による連解4連運用の減少で、単行回送は消滅(増結2連で暫く残存)、さらに
       検査回帰の延長(現在は3日に1回)や連解運用の廃止により、志染〜鈴蘭台間の連解車引揚・回送風景は姿を
       消しました。

                 

       鈴蘭台車庫へ引き上げて行く1071。上記の通り、休日ダイヤでは4本の連解4連運用のうち2本は増結を行わない為、
       回送は2往復行う必要がありました。


       

       

       先ほどの1071から待つ事一時間。やってきた2本目の連解車回送は1073。
       回送とはいえ、単行で鈴蘭台のホームに佇む姿は何となくローカルチックな風情が漂います。



       

       この日は単機で昼寝中のED2001(現701)。
       当時は時折、山の街に留置されていたトム車を牽引する事があり、たまに単機のデキを見掛ける事がありました。
       現在ではホッパー車762を神戸寄に連結しており、前パン姿を見る事は少なくなりました。





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