−使命を全うした863F・・・92年10月22日−
7月の撮影以降は、すっかり沿線で見掛ける事もなくなった863F。
9月の2000系4連増備(2007F)は、そう遠くない3本目の800系廃車を意味している事は知っていました。
それから暫く経ったとある秋の日の事。久しぶりに粟生線を訪れ、そこで目にしたものは・・・。
前照灯がもぎ取られた上に貫通扉もはずされ、見るも無残な解体途中の863・・・。
もはや「電車」としての姿はどこにも無く、スクラップ寸前の「鉄の箱」の姿。
僚友の805・806は既に解体が終了した様子で、どこにもその姿はありません。
明日になれば、残った彼も全て解体されてしまう事でしょう・・・。
少し離れた場所に、解体された805の運転台部分が屋根と共に置かれていました。
夕日が西の地平線に傾く頃、後ろ髪を引かれる思いで見津車庫を後にしました。
ついこの間まで元気に活躍していた863Fは、唯一旧塗装+車体裾帯のスタイルで私のお気に入りだった編成。
広大な車庫の敷地に只一両、夕日の中にぽつりと残された淋しそうな863の姿が、今でも心に残っています。
写真はいずれも92.11.1 見津車庫にて(許可を得て撮影)